八県百感 20050614

 


八県百感――九州沖縄かけある記――

田村貴昭 2005年6月14日記



■怒りの海苔をもって■

○諫早干拓工事ゲート前で抗議の漁民を激励し、座り込む(6月7日)
○暴落したし海苔を示しても農水省に早期開門迫る。熊本県要求連の政府交渉で(5月20日)

  5月16日、対馬市議選支援から空路福岡へ。よみがえれ!有明海訴訟の控訴審決定、みんなが勝利を確信していた。しかし、福岡高裁は国営諫早湾干拓事業の工事差し止め佐賀地裁仮処分決定を取り消した。

 「諫早干拓工事と有明海の漁業環境悪化との関連性を否定できないが、その割合・程度という定量的関連性を認めるまでにはいたらない」「(因果関係の立証は)一般の場合に比べて高くなる。いわゆる証明に近いものが要求される」――だからとりあえず工事の中止を仮処分で求めたのではないか。「司法の自殺行為だ」「漁民を何人殺すつもりか」と怒りと抗議の声があがる。私も漁民と一緒に怒りのこぶしを振り上げていた。

 因果関係はいずれ公害等調整委員会の原因裁定で明らかになる。不当判断といえ、高裁は中長期開門調査を農水省に求めた。漁民と支援者は新たなたたかいを開始した。弁護団は「勝利するためにはもっと大きな原告・支援組織が必要だ」と指摘。私も決意した。九州沖縄で有明・諫干を知らない人に、世紀の理不尽を知らせていこう。佐賀の川崎賢朗さんからもらった「不作海苔」をいつもかばんに入れて、さまざまな集会で訴える。

 「最盛期は1枚30円、いまは10分1に下落。風味のないこの海苔の香りを嗅いでください」「商品価値のないノリまで出荷せざるをえない漁民のたたかいにぜひご支援を」

■戦争賛美の靖国神社をこの目で■

○靖国神社の軍事資料館「遊就館」

 19〜20日は熊本県要求連の政府交渉。帰りに靖国神社に立ち寄る。ちょうど不破議長が時局報告会「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」で靖国が侵略戦争肯定の広告塔であることを解明したところだった。衆院議長も首相経験者もそして遺族会も「慎重に」を言い出す異常事態。小泉首相はぶっ壊しの大家だが外交もしかり。経済や文化で隣国との友好関係の構築に、民間がどれだけの苦労をしてきたか、思いをはせてほしい。

 22日、福岡東区後援会の恒例「さつき祭り」で講演。「田村君、久しぶり〜」と学生時代の先輩と思わぬ再開。居住支部で活動されているとのこと。メールアドレスを交換して駆け足で行橋へ。福岡11区まつりで平和と暮らしを守る訴え。

 先月の鹿児島鹿屋市に続き24日、米軍の空中給油機部隊移設案が浮上している宮崎県の航空自衛隊新田原(にゅうたばる)基地を前屋敷えみ前県議、日高おさむ宮崎市議、吉田貴行中部地区委員長と視察。地元の新富町長らと懇談する。「町民は『米軍は新富町にきてほしくない』と思っている」と町長。役所の中でもF4戦闘機、T4訓練機の爆音が耳をつんざく。

 莫大な交付金を得て、住民の多くが自衛隊とかかわる基地の町。それでもアメリカはいらない住民の世論――ここに安保廃棄、改憲打ち破る展望がみえてくる。

■おじぃ、おばぁの執念――辺野古のたたかい■

○美ら(ちゅら)海を基地にさせない。志位委員長ともに
○ダムに反対する千代田町の内川修治町長と懇談

 25日、福岡の地震対策で県議団、福岡市議団と政府交渉。その足で那覇市議選を控える沖縄へ。27日は志位委員長、赤嶺衆院議員を先頭に名護市辺野古を訪れる。那覇防衛施設局は昨年、普天間基地に代わる新基地建設のためにボーリング調査の準備に着手し、海上に掘削作業用の四つの単管やぐらを設置。しかし住民らは24時間態勢で監視をつづけ、今日まで掘削作業は行われていない。エメラルドグリーンの海を前に座り込みを続けるおじぃ、おばぁ、全国から集まる支援者を激励、船に乗って、掘削予定地=天然記念物のジュゴンがエサとする藻場など、自然の宝庫といわれる澄みきった辺野古海域を見てまわる。

 新基地建設を今日まで阻んできた400日を超える座り込みのたたかい、その執念に敬意。基地を県内たらい回しにするSACO路線は、事実上の破たんに追い込まれている。

 仮に新基地を建設するとなると、今後12〜13年もの期間がかかり、その間、普天間基地は動かない。「辺野古での新基地建設に固執すれば、普天間基地の即時撤去への道を閉ざすこととなる。新基地建設計画は、きっぱりと白紙撤回する以外にない」――志位委員長が記者会見で述べた。きわめて論旨明快。


■終わらない水俣病■

○胎児性患者入所施設を訪問
○水俣の基幹産業であったチッソ水俣工場。民医連水俣協立病院よりのぞむ

 この間の党勢拡大の行動は、福岡県/門司小倉、東区博多、八幡戸畑で。不破議長の論文、しんぶん赤旗を持って民団、朝鮮総連の支部を、また特定郵便局長を訪問し民営化問題で対話。6月6日は大分市の産廃処分場の調査、8日は県知事のGOサインで賛否に揺れる佐賀城原川ダムの調査、そして10〜11日、市田書記局長を団長とする水俣病調査団に参加。 

 昨年10月の関西訴訟最高裁判決は、大脳皮質の損傷による感覚障害だけでメチル水銀中毒と認定した。この司法判断に従えば、認定のハードルがぐんと下がることとなる。最高裁判決後、認定申請者は2千人を超え、新規申請者のうちすでに約8百人の患者を診てきた水俣協立病院の高岡滋総院長は「なによりも感覚障害を認定基準とさせることが重要」と説く。熊本県の推定で、未認定の被害者は熊本、鹿児島両県で2万数千人にのぼる。そこで、潜在する水俣病患者の「掘り起こし」が課題となるが、出水市(4日に仁比参院議員と調査)でも水俣市でも新規認定を希望する患者さんと会って愕然とした。

 「恥ずかしながら申請を決意した」「しびれ、痛みなど体の変調は水俣病のせいかと疑ったが家族にもいえなかった」「仲のいいご近所さんでも、50年間公害の会話はなかった」――差別と偏見にさらされた生涯、地場最大企業・チッソとの軋轢、ニセ患者のレッテル、非難の応酬――さまざまな悲劇の歴史と重なって、水俣病は公表することが恥でありタブーでもあったのだ。
胎児性水俣病患者、申請してもだめだった人を含め、すべての被害者の救済に政治の果たす責任は大きい。まずは検診で住民の健康状態をしっかりつかむことが大事だろう。病の苦しみと申請への葛藤をかかえる住民の心をほぐす対策も必要だ。

 調査を終え鹿児島の松崎真琴県議と駅に向かう際、タクシードライバーがぽつり。「もう水俣にかまわないでください。水俣と言っただけで娘は結婚できん、就職もできん。被害を受けた者は十分国にしてもらったんですから…」
 この国最大の公害病は依然として終わっていない。



選挙の応援(5月15日―6月14日)
長崎・(新)対馬市 武本哲勇
沖縄・那覇市 渡久地オサム
ワク川朝渉
大城チョースケ
我如古イチロー
フルゲン茂治(写真)
比嘉みずき
熊本・植木町 松山くにお