八県百感 20050411

 


八県百感――九州沖縄かけある記――

田村貴昭 2005年4月11日記



■とかく行政のやることは…■

○みやき町町議団とともに焼却場視察

  3月14日佐賀県入り。「うちの県には4大闘争がある」――自県の政治課題と住民運動に実に詳しい平林正勝党県委員長より、レクチャーを受ける。有明海再生、新幹線長崎ルート、玄海原発、そして、みやき町の大型ごみ焼却場の問題。気づいたらすでにこの4つの問題での政治アクションすべてに参加していた。いつも案内してくれる前県議の武藤明美さん曰く「国政がらみで大きな問題が佐賀にはたくさんあるのよ」。私の理解を深めようとの思いがひしひし伝わる。

 佐賀市内の市民団体をいくつか訪問後、みやき町へ。百聞は一見にしかずとはこのこと。稼働後1年の同町中原の広域ゴミ処理場は、中原調整池(佐賀東部水道事業団)とわずか180メートルしか離れていない。ダイオキシンの発生危険施設と周辺12万住民の水がめと隣り合わせなのだ。

 なぜこんなところに焼却場をつくったのか? 行政はあくまで「大丈夫」と言い張るだろう。しかし住民を納得させる観測調査は乏しい。なんでもかんでも燃やし尽くしてしまうガス化熔融炉の安全性は絶対か。地元で監視活動をしている山崎義次さんが言う「汚染が始まっているとしたら取り返しがつかない」

■"初めて"の演説 鹿児島〜知覧■

○祝迫県委員長と(鹿児島市内)
○知覧特攻平和に再現された「三角小屋」。特攻隊員が寝泊りした

 3月16日鹿児島入り。祝迫光治党県委員長とともに街頭宣伝に出かける。思えば自分の街頭演説は、すべて中間選挙支援に向けたもので、衆院候補そのものを"売り出す"演説はこれが始めて。

 県委員長、地区委員長とともに支部・後援会の方々と懇談。潮目の変化の情勢、年金問題、NHKのあり方などの話題で大いに盛りあがり「私も共産党に入ってがんばる」と3人の方が入党。長崎県大瀬戸町でも演説会後に2人の方を党に迎え入れる。

 せっかく鹿児島まできたので、知覧の特攻平和会館に向かう。沖縄戦にて自爆した若き1036柱の遺影・遺書に涙する。が、沖縄の平和資料館との違いを肌で感じる。世紀の誤りなのに特攻行為が英雄視されている感が強い。

 このたび知覧町は庁舎内に、自衛隊の要請に基づき、隊員獲得のための連絡部署を置くことを決めた。ここを訪れる人は、平和を発信する知覧であることを信じているのだが。


■大入島の埋立許すな――住民に百の大義■

 3月23日、佐伯市議の高司政文さんとともに、海岸埋め立てが問題になっている大分県大入(おおにゅう)島に渡る。

 埋立に反対している石間区の住民を激励。物流の促進→大水深バース(14メートル)建設→浚渫土砂を埋立地として活用――県・市の計画に住民が「先祖代々管理し、海藻を採って生活の場としてきた場所がなくなる」と監視小屋を建て、1年以上にわたって抗議の座り込みを続けている。ここでも「港をつくれば船がくる」式のムダづかい。ボタンのかけ違いが生活と自然の破壊につながるデタラメな話。

 県は、天然の藻場のある磯を埋め立てた後で「要請があれば、藻場を造成する」と議会で答弁したという。思わずフキ出してしまうが、その埋立目的についても住民は一喝。「住宅や公園? そんなもの誰も望んでおらん」

 住民の激しい抗議で現在工事は中断したまま。がんばれ大入島の人たち。皆さんには百の大義がある。


■問題は被災者の気持ちになれるかどうか――福岡地震■

○玄界島の民家

  突然襲った福岡県西方沖地震。党福岡県委員会の初動は機敏だった。

 地震直後から、福岡県内の電話がほとんど通じない中、災害対策本部長の安広和雄県委員長から「すべての行動を倒して福岡市へ」の指令。

 当日私は福岡県内5つの地区の党会議に出席するため、北九州市内を車で移動中であった。大きな揺れは感じたものの、まさか震源地が福岡だとは…それより次の会場への到着時間ばかりが頭をもたげ、事の重大さに気づいたのは高速道路が通行止めになってからである。

 国政に携わろうとするものとして、危機管理意識のなさを恥じる。大渋滞の国道3号を4時間かけて福岡市に到着。赤嶺、吉井両衆院議員、仁比参議院議員、県議団、福岡市議団の調査団に合流する。

震災後の私の活動――
3月20日 博多区被災調査、千鳥橋病院で患者さんのお見舞い、博多区の避難者訪問
3月21日 玄界島被災調査、漁協幹部から要求ききとり、内閣府へ申し入れ(県庁)、玄界島民避難所訪問(九電体育館)
3月22日 福岡県、福岡市に対策・要望を緊急申し入れ
3月24日 西区被災調査、避難所訪問
3月24日 中央区マンション等調査
3月29日 志摩町、前原市調査
4月 8日 玄界島被災調査、玄界島民避難所訪問(九電体育館)

○擁壁がくずれて大損害を受けた寺(志摩町)
 集中被災の玄界島の他、西区や福岡市に隣接する自治体にも地震は大きな爪あとを残した。志摩町は約900軒にものぼる住家被災があったのに、全壊の住家が40棟に達しないとの理由で災害救助法が適用されない。同法の適用がないと、被災者生活再建支援法も受けられない。

 福岡市民と志摩町民、同程度の被災を受けても、行政支援に差があるのはどう考えてもおかしい。福岡市以外にも法の適用を求め、見聞きしたことをレポートにして、党国会議員団の福岡地震対策チームに送る。仁比議員から連絡「国会質問に田村情報が生きてますよ」。少しでもお役にたててうれしい。

○玄界島の避難住民から要望を聞く
 玄界島から避難生活している約700人の島民のうち、いまだに一時帰島できない人が約100人。損傷を受けた家でも一目どうなったか、見たいだろうに。

 避難所の九電体育館を4月8日、志位委員長が訪れ、被災者一人ひとりの手を握って「がんばりましょう」と声をかけていく。正座して真剣に聞く人、手を合わせて「救ってください」と拝む老人。私語をする人はいない。

 「住宅本体の再建に公的助成を実現させましょう」の訴えに拍手がおこる。被災者生活の支援強化に向けて、阪神大震災以降、日本共産党の果たしてきた役割は大きい。国会、地方議会での奮闘はもちろんのこと、被災者へ義援金を届け、炊き出しなどのボランティア活動に懸命な姿が、党の影響がほとんどなかった玄界島の住民に、頼りになる存在として映りはじめている。

選挙の応援(3月15日―4月14日)
3月15日 福岡・那珂川町 糸井十九二
終日 衆院福岡2区補選 山田ひろとし
3月17日 鹿児島・(新)日置市 下池和喜(東市来町)
坂口ルリ子(伊集院町)
山口初美(日吉町)
3月23日 大分・佐伯市 高司政文
3月25日 長崎・(新)西海市 渕瀬栄子(大瀬戸町)
4月 2日 大分・(新)日田市 日隈知重(天瀬町議)
4月 4日
4月 5日
長崎・(新)諫早市 中野太陽(多良見町)
木村和俊(高来町)
西田京子(諫早市)
4月 7日 宮崎・国見町 堀さちこ
4月 9日 大分・(新)豊後大野市 神志那宗作(三重町)
4月14日 佐賀・東与賀町 池崎基子