八県百感 20050215

 


八県百感――九州沖縄かけある記――

田村貴昭 2005年2月15日記



■晴れて、候補者活動に専念■

10人の新しい北九州市議団といっしょに。中央が筆者。「次もがんばるぞ」

1月30日投開票で行われた北九州市議選は、大激戦の末、日本共産党は前回より得票率を伸ばし、10人の候補者が全員当選しました。

 地方にも二大政党化の流れが加速し、市議会の民主党会派の無所属議員5人が同党公認で立候補。「共産党の票を根こそぎもらう」と豪語しました。公明党はあいも変わらずの反共・デマ宣伝に躍起でした。

 しかし、わが党は、民主、社民をも含む市議会のオール与党が、税金ムダ使い、市民生活切り捨ての市政を支えていること、唯一の野党・日本共産党がこの市政と対決して、介護保険料減免、教室暖房など市民の願い実現にこたえる党であることを、徹底して訴えました。

 こうしたなか、マスコミも「共産党以外オール与党の北九州市議会に『二大政党』の論理をそのまま当てはめることはできない」と報じました。社民党は7人中3人が落選。民主は当選議員の一人が早くも公選法違反(買収)で逮捕され、市民から「自民党と体質変わらんねぇ」の声が。日本共産党の存在感がしっかり示せたたたかいでした。

 九州・沖縄各県からも、常駐オルグの派遣をはじめ、大きなご支援をいただきました。福岡県委員会の選挙総括では「まさにオルグなしに全員当選はなかった」としています。本当にありがとうございました。

 これで晴れて、衆院候補者活動に専念できることとなりました。改めて、九州・沖縄各県のみなさん、よろしくお願いします。

 御輿の上に乗る人、その下で支える活動も両方体験してきましたが、後継者(大石正信氏)にバトンをわたす活動は初めてでした。自分の選挙のときよりうれしく、ホッとしたというのが正直な気持ちです。

■一つ、一つの地方選を大切に■

日本共産党と住民の力で、91人のマンモス議会を解散に追い込んだ五島市。新市議会に挑む3人の候補者を応援。
佐賀・白石町で吹雪の中での演説 (2月1日)。選挙というのは、どうして寒いときと暑いときに多いのだろう。

 北九州市議選投票日の翌々日から、選挙を控える佐賀、大分、福岡、長崎と応援に回っています。

 2月6日投票の選挙結果――長崎市議増員選挙では、定数1の香焼区と伊王島区で見事勝利したのをはじめ、佐賀県唐津市議選では唐津区の2議席確保に加え、定数3の厳木区で勝利、同県白石町議選では、最下位当選者複数で抽選により滑り込むなど、運まで味方につけての勝利。2005年当初から、共産党なかなかのがんばりです。本稿の校了時には大分市議選、長崎・五島市議選などの結果もでていることでしょう。

 合併で地方議員数そのものが減る中、町村などでは、中・小の選挙区の選挙区となり、立候補者数を減らし、従来の党議員を失うなど、厳しいたたかいを余儀なくされています。それでもたたかわざるを得ません。

 地方議員は党の宝。二大政党制づくりを跳ね返す力は、地方議員をつくり、増やしていく活動と密接不可分の関係にあります。

 一つ一つの地方選を大切に――この成否が次の国政選挙でモノを言います。そう考えると話に気合も入ってきます。


■人の悩みの向こうに見えるもの■

「どうされましたか」――相談所で後継者の大石正信北九州市議と

 私の地方議員としての任期は2月9日で終えました。「論戦で当局に負けないこと」「住民の苦難解決に全力をつくす」――この2本柱が信条でした。相談活動には力を入れました。市民の「かけこみ寺」となるよう、事務所も街中につくり、定例の法律相談は毎週水曜、生活相談はいつでも応じられるよう体制をとりました。

 百万都市の中心地、様々な悩みが寄せられます。金銭、生活苦、経営苦、男女関係、交通事故、相続、失業、アルコール・薬物依存、立ち退き、マンション建設…風俗店で働く女の子の訴えを聞けば、その経営者の相談にものり、社会の縮図を見ました。

 冷たい行政との狭間で、相談者3人が自ら命を絶ち、その悔しさは筆舌に尽くせません。広域指定暴力団の元組員の自宅では、組バッジと彫り物を自慢され「どうや日本刀も見るか」。もちろん断りましたが…。

 相談者が、借金や生活の不安などが解消され、笑顔を取り戻したときが至福の時です。

 共産党の相談活動に理解のある北九州第一法律事務所、小倉東総合法律事務所から、4人の弁護士さんに交代で来ていただきました。初代のパートナーが、いま参議院議員の仁比そうへい弁護士です。あまり相談者が来なかった8年前、仁比さんと屋台のラーメンをすすりながらの会話が思い出されます。「公民館で出前相談を行ったら、つきあってもらえますか」「相談活動の強化は党と田村さんの活動の前進に欠かせません。喜んで引き受けましょう」――仁比さんは候補者になる前から頼りになる人、立派な党員弁護士でした。

 今では何の宣伝もしませんが、相談予約がいつも一杯。牧師さんやおまわりさんからも紹介を受けてくる方もいます。思えば、来る日も来る日も相談者のことで動き回っていた気がします。しかし、その経験が私の財産です。身の上相談にこられる方の大半は、幸せではありません。そこから、直視したあるいは垣間見た、社会の現実、人間関係は、この貧困なる日本の政治のもとで沸きおこる矛盾を質していくときに、理論的支柱のバックボーンとなるからです。