八県百感 20041213

 


八県百感――九州沖縄かけある記――

田村貴昭 2004年12月13日記



■「ガッカリ感」を乗り越えて■

長崎県党会議であいさつ(11月28日)

 党会議が各県で行われています。11月から12月にかけて長崎、佐賀、宮崎、大分を回りました。鹿児島、沖縄も参加の予定です。

  「二大政党制のもとで共産党は当分芽が出ないのでは」「意気消沈して足が出ない」――国政選挙での後退で「ガッカリ感」が党内外に広がりました。多くの議論の末、第2回中央委員会総会は、二大政党との対比で日本共産党の議席の値打ちをおしだす論戦に、本格的にとりくまなかったことを、反省点として明らかにしました。

 自民党の弱さからくる二大政党作りは、結局くらしをよくする競い合い出なく、改憲、増税、福祉切捨ての競い合いで、国民の要求はますます強くなっています。従って「国民の苦難と要求あるところ日本共産党の活動あり」の原点に立ち返った活動報告が求められます。各県の県党会議では、二中総討議を経て「ガッカリ感」を払拭し、支部を中心とした生き生きとした活動報告が相次いで出されました。心強い限りです。

 国会での議席数だけをみれば、いま「冬の時代」なのかもしれない。しかし戦前と違ってその冬は氷河期や凍結期ではない、春を迎える冬だと思います。私の任務の1つは雪を溶かすこと。なんとか、勇気と展望を持ってもらいたい。その一念で党の会議に出かけてゆきます。思いと話がうまく結びつかず、日々反省していますが…。

■七つ道具■

新幹線の車中で一仕事
愛用の簡易スリッパ

 一日の大半を「移動」に費やす日もあります。そんな私の七つ道具を紹介します。

 なくてはならないのがノートパソコン。原稿や資料の作成は当然のこととして、スケジュール管理、きっぷや宿の手配までしてくれる有能な「秘書」です。九州・沖縄各自治体の町名まで検索できる電子地図もインストールしました。ITの発達はめざましく、インターネットにつながる環境と携帯電話があれば、たいがいの仕事ができる時代となりました。プロバイダーのFAXサービスを使えば、コンビニやホテルのFAXがプリンター代わりです。

 洗面用具は小さい容器に詰め替え、着替え圧縮袋や"日本一軽い傘"などは重宝します。いま、はまっているのが簡易スリッパ。足の疲れがとれ、気分転換になります。
山奥の宿からメールの送受信に成功し「やった」と一人悦に入る――けっこう楽しんで候補者活動をしています。 


■最後の質問――多くの傍聴者に見守られて■

本会議(ケーブルテレビより/12月6日)
最後の質問を終えて。「あとは頼みます」――私の後継者大石正信氏と握手

 12月6日、北九州市議会12月定例会の一般質問に立ちました。議会質問は議員固有の活動、そして行政の問題点を明らかにし、住民の願いを届ける集約の場です。私は、本会議の質問がある時は、できるだけ多くの方に聞いていただこうと、この8年間、案内ビラ・はがきを必ずつくって赤旗読者、相談者などに傍聴を呼びかけました。党支部、後援会からの傍聴参加は恒例となり、北九州市議として最後の質問となったこの日は、議場一杯、ちょうど70名の方に来ていただきました。

 今年から本会議質問は、ケーブルテレビによって生中継。録画も放映されます。「市政と議会をガラスばりに」を信条に、議会運営委員会で強く求めた成果です。

取り上げたテーマは――
●若戸大橋通行料の引き下げ、無料化について
●小倉伊勢丹ビルの専門店が「閑古鳥」となっている問題
●テロ対策によって釣り場が失われた問題と対策
●監視カメラの設置の問題
●旅費のムダづかいと改善について
●国道3号、三萩野・中津口間にバスを
●少人数学級実施に向けて
●救急医療体制の縮小反対

 論戦を通して、市として監視カメラの運用基準を制定すること、職員・議員の海外出張に支給されていた支度金を全廃するなどの答弁を得、大きな前進がありました。ちょっとキザですが、自分史に残る1つの仕事ができたかなと安堵しています。(詳細は月間「暮らしと福祉 北九州」に拙稿掲載予定)

 質問が終わってすぐに、1通のメールが入りました。《偶然TVを見て「出張旅費」「支度金」…に耳を傾けました。感銘しました。アンチ共産党ですが、今日の田村さんなら、私は潜在的支持者です》 

 そして新聞記者がドヤドヤと取材に訪れ、翌日の紙面で問題が検証されます。市民要求を議会で取り上げることの重み、現実の政治を動かす議会質問の影響力、どんなタブーも恐れずスジを通すことのできる共産党議員の誇りをかみしめながら、最後の定例議会を終え、花束をいただきました。

5500人の参加で成功した福岡県赤旗まつり。1月の北九州市議選をたたかう10人の候補者とともに、衆院選勝利を誓う(11月14日)