八県百感――九州沖縄かけある記――
田村貴昭 2004年11月12日記
■一難去らず、また一難■
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| 身の丈以上に水に浸かったと聞きビックリ。右は赤嶺衆議院議員。左は大分の加藤県議 |
畳も家具も冠水して、生活ができない家 |
「相次ぐ台風被害に地震、今年は災害の年でした」と、年末報道特番のナレーションが今から聞こえそうです。
10月24日、台風23号で床上浸水だけでも174世帯が被害を受けた、大分県佐伯市を赤嶺衆院議員が調査に入るので同行。被災者支援に全力の高司市議の案内で、4ヶ所ほどの集落を訪れました。番匠川沿いにある高畠地区では17戸が家屋浸水。樫野地区では、高さ約2bまで浸水し、水につかった畳や家財道具が外に出されていました。国土交通省の排水ポンプ車が不足していること、河川護岸の改修がなされていないなど、多くの問題点が明らかになりました。
大分市では台風23号襲来時、生命線ともいえる国道10号線が冠水によって、長時間通行止めになりました。市議団4人とともに調査。高崎山から流れてくる水があふれたのが原因でしたが、ちょうど現地で工事にあたっていた市の職員が「国のほうでしっかり山の治水をしてほしい」ともらしていました。
この日、新潟では震度7の地震による大災害にあっていました。帰宅してテレビのニュースから飛び込む映像に「なんでまた、次から次と…」思わずよろめいてしまいました。
■「来世ではきっと幸せに」■
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| 山田二区候補とともに、小千谷市議の佐藤さんから被災状況を聞く |
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| 被災直後の道路 |
95年の阪神大震災のときは、北九州市長選挙の真最中でした。政策宣伝担当の私は身動きのとれない状態。神戸の知人に物資を送ることしかできず、地団太を踏んだものでした。
震災の実情というものは、修羅場における行政の対応は、救援ボランティアの果たす役割はどんなだろう――否、一時間でも二時間でもいい、現地に行って何かしたい…様々な思いが駆け巡り、ブロック事務所と福岡県委員会に「新潟に行かせてほしい」と願い出ました。そして11月9日〜10日、新潟中越地震の支援活動に参加しました。
小千谷市の佐藤議員、長岡市の笠井議員が被災地を案内してくれました。佐藤さん自身被災し、奥さんは怖くて自宅に帰ることができないそうです。ぺちゃんこにつぶれた家、傾いた家は数知れず。「ここのおばあちゃんは亡くなりました」「この住人は避難所暮らし」――のどかな田園都市は一転しました。12日現在、死亡者は新潟県全体で41人、避難者は12551人、住宅被害は一部損壊を含めて18809戸。
誰を恨めばいいのだろう。これが運命というのなら、人生はあまりにはかない。私みたいな無神論者であっても、祈らざるを得ない。生まれ変わったら、きっと幸せになりますよ。神様は見ていてくれますよ。
■信頼のブランド――日本共産党■
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| 果物を被災地に届ける |
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| 義援金を長岡市の笠井議員に手渡す |
9日夜、みかん10000個、バナナ12000個、新婦人からの衣料などを積んだ福岡県委員会の救援トラックが、長岡市の日本共産党全国救援センターに到着すると、スタッフ、ボランティアから「うわぁ」と歓声があがりました。
運搬してきた山田博敏氏(衆院福岡二区候補)、貫洞基裕氏(中央南地区委員会)とともに、救援物資を避難所や住家に届けました。全国から老若男女のボランティアが「かたづけ隊」「土木隊」「物資とどけ隊」「赤旗配達隊」などに分かれて、きびきび活動しています。
現地の住民、被災者からは次のような感想が――「共産党さん大活躍じゃないの。市民はみんなあなたたちの献身的な活動を知っているよ」(タクシードライバー)「本当にありがとうございます。細かいところに気を配っていただいて」「果物ありがたいです」(被災者)
「支援」を口上にした詐欺や窃盗が横行しているそうです。しかし、「日本共産党」の腕章や「JCPボランティア」ステッカーは、安心・信頼のブランドマークとして、被災者と行政に受け入れられていました。
災害対策は国政の重要課題です。命あっての人間社会なのに、依然として山崩れなど危険箇所が全国で放置され、住宅本体の再建への公的支援――個人補償も政府は首を縦に振りません。国家百年の計とは、税金の使い方とは、いかにあるべきか、被災地を訪ね、この国の政治の貧困さを痛感しました。
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○夏から秋にかけては労働組合の大会シーズン。18の大会を回り、あいさつさせていただきました。紙面の都合で報告できず残念です。 |
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